サンプリングという文化
皆さんは「サンプリング」についてどれだけ知っていますか?また、サンプリングについてどのようなイメージを持っていますか?
「素晴らしい発明であり、今日の様々な場面において不可欠な存在」といった考えを持っている方がいれば「ただのパクリ」と考えている方もいるでしょう。勿論「よく分からない」という方も。
今回は主に音楽におけるサンプリングについて、その歴史や権利関係の問題とそれを解消するための方法、そして日本におけるサンプリングについて考えていきたいと思います。
1. そもそもサンプリングとは
アメリカの法律辞書Black's Law Dictionary(ブラック法律辞典)によるとサンプリングは「サウンド・レコーディングのごく一部を取って、新しいレコーディングの一部としてその部分をデジタル処理によって利用するプロセス」と定義されています。つまり、「既存の録音物の一部を借りて、新しい録音物に使用する作曲方法」ということです。それはベースになるメロディやビートであったり、ギターやサックスのソロの一部であったり、リリックの一部であったりします。中には映像の中のセリフからとられたものもあります。
いくつか例を紹介しましょう。
・Kanye West 「Stronger」
00年代最高のアーティストのひとりカニエ・ウェスト。彼の3rdアルバムからの一曲で、サンプリングのとてもわかりやすい例えのひとつだと思います。サンプルはご存知ダフトパンクの「Harder, Better, Faster, Stronger」。
(0:52~)
2つの曲を聴き比べるととても分かりやすいですね。これがサンプリングです。
・Kendrick Lamar 「King Kunta」
次はリリックをサンプリングしている例です。現代において最も重要なラッパーといわれるケンドリック・ラマーの「King Kunta」。この曲の2:35~の"Annie, are you ok?"というリリックはマイケル・ジャクソンの「Smooth Criminal」からとったものです。先述の通りこういったリリックを拝借することもサンプリングのひとつです。
(1:43~)
この曲では他にもJAY-Zの「Thank You」やジェームス・ブラウンの「The Playback」といった曲からリリックをサンプリングしており、またビートやコーラスにもサンプリングが使われているためまさにサンプリング尽くしの曲といえるでしょう。
・Skrillex 「Scary Monsters And Nice Sprites」
サンプリングはヒップホップだけではなく他の様々なジャンルにも応用されています。ダブステップから派生したブロステップの第一人者であるスクリレックス。彼の代表曲「Scary Monsters And Nice Sprites」ではドロップに入る直前(0:40~)に「Yes, oh my gosh!!!」と叫ぶ女性の声が入っています。これはスポーツ・スタッキング(※複数のプラスチックカップを決められた型に積み上げたり崩したりして、1/100秒単位でスピードを競うスポーツ)をやっている女の子が叫んでいるYouTubeの動画が元で、スクリレックスはこれを買い取ってサンプリングしました。
サンプリングは音楽からの抜粋だけを指すのではなく、声や環境音(=生音でないもの)を事前に録音し組み込むことでも用いられます。
いくつか例をあげたことでなんとなく理解して頂けたかと思います。スクリレックスが"買い取った"としているように、ここにあげたサンプルは全て作曲にクレジットされていたり、何らかの形でサンプリング元に承諾を得た形で使われています。しかし中には無許可で使用されたものもあります。この無許可問題はサンプリングという作曲方法において今日まで最も議論されてきた部分です。
そもそも、この問題が出てきた背景にはサンプリングの歴史が関係しています。では、まずその歴史から振り返っていきましょう。
2. サンプリングの歴史
サンプリングという言葉が出てくる以前にも、ミュージックコンクレートやメロトロン等サンプリングに通じるものは多くありました。(無理矢理辿ると中世くらいまで遡れる)
ミュージックコンクレートはその名の通りに楽音ではなく録音された自然音や環境音、騒音などといった具体的(=Concrete)な音を用いる現代音楽の手法のひとつであり、これは先述のサンプリングの説明と通じますね。メロトロンはテープレコーダーのテープにアナログレコーディングした音を一音ずつ録音し、そのヘッドを鍵盤を使って弾くというもの。つまりアナログのサンプリングキーボードということであり、現在使われているサンプラーの祖先といっていいでしょう。
ビートルズの「Strawberry Fields Forever」やキング・クリムゾンの「Epitaph」が有名な例ですね。(↓メロトロン。モデルはM4000。)
・サンプリング文化の誕生
メロトロンがプログレ等の人気によって一気に知名度を獲得していた頃、ニューヨークではこんなことが起こっていました。
ブロンクスにあるアパートで開かれたホームパーティーで、クール・ハークという人物が2つのターンテーブルとミキサーを持ってR&Bとファンクをかけながら曲のブレーク(間奏)部分を無限にループさせるという会心の術で人々を熱狂させた。これを機に、ハークだけでなくアフリカ・バンバータやグランドマスター・フラッシュなどの有名DJも、2台のターンテーブルを使って自分たちの好きな部分をリピートさせるプレーをした。その後、彼らはパーカッションとベースでリズムパートを作り、その上に複数の曲の間奏を混ぜ合わせることでより一層多彩なDJプレーを披露した。(引用:RHYTHMER 「About Sampling」)
これがサンプリング文化の誕生であり、ヒップホップ・ミュージックの誕生でもあります。起源がパーティーでの利用ですから商用目的で始まった文化ではないのです。
ここで一つ記しておきますが、「無許可のサンプリング」と「盗作(所謂パクリ)」は違います。盗作は、意図して他人のものをコピーし、自分自身のものに改造させるのが目的です。一方サンプリングは、音楽を完成させる上でのひとつの手法としてアプローチするものです。サンプリングの歴史で触れたように、最初は商用目的以外での使用だったのですから盗作ではないのです。海外では、盗作と無許可のサンプリングは損害賠償の規模こそ似たようなものであっても法的には厳然と区別され扱われています。
しかしだからといって「無許可のサンプリング」が許されるわけではありません。別の領域で論じられるべきものであっても結果的にはすべて同じだと見ることができるでしょう。サンプリングの歴史を踏まえつつ、無許可のサンプリングの問題について説明していきます。
3. サンプリングにおける権利問題
サンプリング文化が誕生した頃、その当時の著作権に対する認識といえば「レコードショップで見つけたLPを買うためにお金を支払った行為自体がその曲に対して使用料を払ったということになる」というような今では考えられないものでした。最初期のラップ・ヒット曲であるシュガーヒル・ギャングの「Rapper’s Delight」がシックの曲を無断サンプリングして訴訟まで行ってしまったエピソードからもその認識の程度が窺えます(偶然クラブで「Rapper’s Delight」の存在を知ったシックのナイル・ロジャースはシュガーヒル・ギャングと制作会社に対して訴訟を起こし、結果彼らは原曲の著作権者としてクレジットに名前を上げると同時に収益の一部を受けることができた)。
(0:18~)
その後も度々サンプリングのクリアランス問題が起こりますが、91年にはこの問題の中でも一際有名なサンプリング訴訟問題が起きます。
ビズ・マーキーは、91年にリリースした3rdアルバム「I Need a Haircut」の収録曲「Alone Again」にてギルバート・オサリバンの「Alone Again (Naturally)」を無許可でサンプリングした。これを望まなかったオサリバンはビズ・マーキー側(当時配給をしていたワーナー)を提訴し、裁判所はオサリバンの主張を聞き入れた。敗訴したビズ・マーキー側はアルバムを回収しなければならなかった。
(引用:RYTHMER 「About Sampling」)
この判決は創作者とレコード会社の関係者に対してサンプリングのクリアランスをすることの義務を強調するものでした。そしてこの裁判が有名になったことで、いよいよ音楽業界で本格的にサンプル・クリアランスに対する認識が生まれ、法整備の必要性が出てきたのです。またこの頃はヒップホップが大衆に受け入れられるようになってきた時期でもあり、ビジネスの側面を帯びてきたことによってこのような問題に対する対応が必要になってきたということも関係しています。
ここで、「サンプル・クリアランス」という言葉について少し説明しましょう。
・サンプル・クリアランス
【Sample Clearance : サンプリングのために原曲の著作者、または団体から原曲の使用を承認される行為】
つまり、同一性保持権の侵害による先述の訴訟問題のような混乱が起こらないために行われる手続きです。
この手続きには2つ種類があります。
・原曲のメロディーラインを持ってきて、そのメロディーを構成している楽器を完全に新しく変えて完成させたケース
・原曲のインストゥルメンタル部分をそのまま使用したケース
前者は原盤を所有しているレコード会社から許諾を受ける必要はなく、音楽出版社を通じて作詞者と作曲者の許諾を得れば使用することができます。後者は出版社を通じて作詞者と作曲者の許可を受けなければならないのは勿論、原盤を所有しているレコード会社からも許可を受けなければなりません。
これらをクリアすれば独立した一作品として扱うことが出来るのです。「サンプリング利用の問題で発売が遅れる」とか「サンプル・クリアランスが出来なくて曲がボツになった」というのはこの手続きが詰まっている、もしくは上手くいかなかったということです。
(尚、稀にアーティスト同士の関係が深い等の理由でクレジットをしなくてよい形でサンプリングを承諾する場合もあります。)
やっと手続きを完了したことでようやく自由に改変できる…というとそういうわけでもありません。
2012年、ルーペ・フィアスコのシングル「Around My Way (Freedom Ain’t Free)」を聴いたピート・ロックが怒りを露わにしたというエピソードがあります。当時ルーペはピート・ロック&CL・スムースの名曲「T.R.O.Y (They Reminisce Over You)」をサンプリングし話題になったのですが、その曲はヘヴィ・D&ザ・ボーイズの死亡したメンバーであるトラブル・ティー・ロイを追悼する曲で、ルーペはビートの雰囲気はそのままながらリリックでは全く別の物語を展開したためピート・ロックの逆鱗に触れてしまったのです。
レコード会社と正式なクリアランス手続きを踏んだルーペの行動は同一性保持権を侵害したものではなかったので法には問われないのですが、道義的な面で侵害してしまったということです。ピートは作曲作業に参加するという条件付きでサンプリングを許可したにも関わらず、なんの相談もなく曲が発表され原曲の本質が変わってしまったために失望したのです。このエピソードはサンプリングに慎重になる必要があることを示しているでしょう。
ここまでサンプリングの歴史と無許可のサンプリングによる権利問題について説明しました。なんだか細かい一音一音までしっかり承諾を得なければならないのか?と思われてしまった方もいるかもしれませんが、そこまでではないです。同一性保持権には“その他の利用の目的及び態様に照らし、やむを得ないと認められる改変”は「歌唱や演奏の技能が乏しいため、原曲に忠実に歌唱や演奏ができない場合であっても、本号の規定により同一性保持権の侵害にならない」と記載がありますし、細すぎる部分は著作権侵害にはならないとした判決が下された裁判もあります。
では日本でのサンプリング文化はどうでしょう。日本でのサンプリングと日本のサンプリングを使用した曲によくみられる「パクリ」という批判について掘り下げていきます。
4.日本のサンプリング文化、そして「パクリ」という批判
最初に貼ったジャケット画像の中に2枚、邦楽のシングルを入れました。
・加藤ミリヤ「Never let go / 夜空」
・Dragon Ash「I ♥ HIP HOP」
どちらもサンプリングによって曲が成り立っている、もしくは深みが増している曲です。
さて、Dragon Ashを知っている方は「I ♥ HIP HOP」がどれだけ「パクリ」と言われていたかご存知でしょう。アルバム収録時にビートを変更したことがきっかけでいざこざはありましたが、元々きちんとクレジットされていたのになぜ「パクリ」と騒がれてしまったのか。逆に加藤ミリヤの「夜空」という曲がサンプリングを駆使していたことはどれだけの方が知っているでしょうか。
これは僕自身の考察ですが、上記2つの違いには「サンプルの知名度」と「サンプリングしたアーティストの知名度」そして「サンプリング文化自体の知名度」が大きく関係していると思います。
「I ♥ HIP HOP」のサビはThe Arrowsの「I Love Rock'n Roll」です。
(0:46~)
ジョーン・ジェットのカバーで有名ですね。
Dragon Ashはこれを丸々サンプリングしました。
当時Dragon Ashの知名度は抜群で、この曲もチャート4位にランクインしています。
ではこの曲が発売された1999年当時日本において“サンプリング”という言葉はどれだけ浸透していたでしょうか。残念ながら明確に示せるソースは見つかりませんでしたが、「当時はまだまだヒップホップはアングラでDragon Ashがメジャーシーンに持ち込んだ」という声を見かけることからまだサンプリングという言葉も広く浸透していなかったと推察します
(ネットがない時代なので尚更)。
これらが重なった結果「これはパクリではないか」という論が生まれ、それが現在にも伝わってしまっているのではないかと考えられます。
では加藤ミリヤの場合は?
サンプリング元は日本語ラップの金字塔であるBuddha Brandの「人間発電所」。日本語ラップが大分浸透した2018年現在ではこの曲はあまりにも有名ですが、2004年当時はどうだったでしょうか。勿論日本語ラップファンには知られていたでしょうが、当時は日本語ラップ冬の時代です。しかもこれは加藤ミリヤのデビューシングル。
Dragon Ashが「全盛期に有名な曲をサンプリング」したことに対して加藤ミリヤは「デビューシングルでそこそこ有名だがまだまだ浸透の余地がある曲をサンプリング」しました。
「サンプリング」という手続きに差はなくとも、やはり知名度によって「パクリ」だと騒がれる度合いは変わってしまうと思います。
・海外の場合
海外でのサンプリングにも先述のような事例が見られるのではないでしょうか。先程僕の考察であげた3つの観点が揃う場合ではないにせよ、どれか1つは関わっていると思っています。
例えば、世界的ロックバンドであるレディオヘッドの「Idioteque」。
この曲を初めて聴いた瞬間「あ、この曲はPaul Lanskyの『Mind Und Leise』をサンプリングしてる!」と気付けた方はどれくらいいたでしょうか。
(0:42~)
少なくとも僕は知りませんでした。これは「サンプルの知名度」が低かったからでしょう。そして、サンプリングが浸透しているイギリスやアメリカはサンプリングの存在を知っても「パクリ」と騒がれない(サンプリングがまだまだ浸透していない2000年当時の日本でも発売されチャート上位を獲得していますが、そもそもサンプルの知名度からして情報が伝わってこなかったのでしょう。まぁサンプリングだとしてもパクリと騒がれるような取り入れ方ではないですが)。
海外でも「パクリではないか」という指摘は見られますが、それは大抵不注意が生んだ「似ている曲」の場合であり、サンプリングには関係のないところです(ジョージ・ハリスンの「My Sweet Lord」等)。最初に紹介したカニエの「Stronger」はかなり露骨なサンプリングです。しかしパクリだという声は聞こえてきません。対してDragon Ashは「パクリ」と言われてしまいました。
サンプリングの歴史で紹介した通り「盗作」と「無許可のサンプリング」は区別されるものですし、そもそもDragon Ashは正当なプロセスを踏んでいます。
リスナーはこれに対して少し危機感を持つべきではないでしょうか。
Dragon Ashの場合この後某事件を経てヒップホップから離れてしまいますが、その理由に「パクリ」という声が広がっていたことが関係していないとは言い切れないでしょう(離れてもパクリ疑惑が持ち上がった曲が幾つかありますがサンプリング問題から離れるので割愛します)。ヒップホップ期が好きだったファンも当然大勢いるわけで、その人達からしてみれば大きな損失です。
どれも同じようにパクリだと騒げと言っているのではありません。アーティストのイメージによって無駄な争いを生むのではなく、まずはサンプリングについての知識をある程度持って聴いてみるといいのではないでしょうか。そのためにも今回このように長々とブログを書いているのですが…笑
・最後に
よくぞここまで辿り着いてくれました…
まずめちゃくちゃ長い記事になってしまったことをお詫び申し上げます。少しでもサンプリングについての理解が深まればとの思いがこの量になってしまいました。真意が伝わっていれば幸いです。
サンプリングについての訴訟問題についていくつか判例を取り上げたページがあります。興味を持たれた方は見てみて下さい。
サンプリングはルールを守れば基本的には楽しいものです。商用目的以外での利用(それでも侵害にあたってしまう場合もありますが)はある程度許されていますし、記事にある通りしっかり手続きも整備されています。中にはサンプリングされたことによって人生が変わった人もいます。
サンプリングから新たな音楽の発見があるかもしれないし、可能性は無限大でしょう。勿論僕は正当なサンプリングに賛成なので、あなたにとってもサンプリングが素晴らしい芸術であることを願います。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました!サンプリングを説明する場面でこの記事が役に立てばなによりです。
0コメント