ベストアルバム 2018
あっという間に過ぎた2018年も早々に終わりを迎えようとしています。今年も音楽界から様々な傑作アルバムが世に放たれました。ということで、アルバムの中から僕が特に素晴らしいと思ったアルバムを9つ(+その他のノミネート作品)を載せていきます。
※順位は決めずリリースされた順に発表していきます。
1. U.S. Girls 『In A Poem Unlimited』
ポートランド出身で、現在はトロントを拠点にしているMeg Remyによるソロ・プロジェクト、U.S. Grilsの6作目。前作はダークな作風だったのですが、今作ではレトロなポップ風の作りになっています。
僕は、「○○っぽい作品」に目がありません。これはあれから影響受けてるからこんな感じになってんのかな…?と想像できる作品が好きです。人間誰しも、何かを受信するにあたってそれが可能な「範囲」があるので、所謂自分の琴線に触れるものをより多く取り入れるのに手っ取り早いからというのもあります。
今年のベストアルバムに選んだものの中にもそういうものが多くありますが、この作品はそれが顕著です。たとえば、僕は“M.A.H.”を聴いてBlondieやMadonnaを思い出さずにはいられません…。
それ以外の曲も素晴らしいものばかり。ネオ・ソウルの流れからの影響が見える“Rosebud”、これは…シューゲイザー…?な“Incidental Boogie”、モロヒップホップな“Pearly Gates”…僕は特に“Rage Of Plastics”の毒々しい感じがたまりませんね。
ただ、曲につられて踊ってばかりでもいけません。彼女が#MeToo運動などをはじめとする現代女性の地位向上について声を上げていることに触れておかなければなりません。
たとえば前述のヒップホップ調の“Pearly Gates”にて彼女は家父長制社会やエンターテインメント業界におけるセクシャルハラスメントに切り込んでいます。その他にも“Incidental Boogie”は家庭内暴力を告発する内容になっており、マジメな内容です。このアルバムのジャケットに描かれた彼女の涙、そしてレトロで陽気な曲調と反り合うかのような強烈なメッセージ性を孕んだ歌詞は、それらの悲しい惨状に引き裂かれそうになる彼女からの信号を理解する手がかりのように思えます。
トロントを拠点に置くThe Cosmic Rangeというグループの今作での活躍にも注目です。時に重厚に、時に緩やかに鳴るサックスなんかは彼らなしでは成立しないサウンドです。
どれだけジャンルを散らしても、どれだけメッセージ性を高めて真剣な内容にしても、軽やかに踊りながら聴けるのは、彼女のもつセンスにつきます。ただ、音楽が良すぎるせいでちょっとメッセージが入ってきにくいかな…。それでも、『In A Poem Unlimited』はU.S. Girlsの最高傑作です。
2. Kali Uchis 『Isolation』
コロンビアに生を受け、ワシントンDC近郊のヴァージニア州アレクサンドリアで育ち、現在はロスに拠点を置く歌姫の記念すべきデビュー・アルバム。Tyler, The Creator、Booty Collins、Jorja Smith、Thundercat、Steve Lacy、Sounwave、BrockhamptonのRomil Hemnani、Tame ImpalaのKevin Parker、Damon Albarn、BadBadNotGoodらが参加したなんとも豪華な一作。ヒップホップは勿論、ソウルやファンクから、ボサノバ、レゲエ、ダンスホールといったラテンもの…と、このアルバムには様々な顔があり、前述の通り大勢の多彩なミュージシャンが寄ってたかって曲を提供しているので、バランスが崩れないのだろうか?と心配もしていたのですが…そんな心配は必要ありませんでした。なにせこの25歳の妖艶なシンガー、どんなトラックにも負けない個性を持っているのです。スイートでスモーキーでサイケデリックで…彼女にしか出せない歌声が揺るぎない武器となってアルバムに統一感をもたらし、そして妖しく輝かせています。一方リリックは時にエロティックで、時にサイケデリックで、時に政治的。“私は夢の少女/夢のなかではお金の心配もない/ママもコークに手を出さない/幸せ、幸せ/誰も存在しない”と幻に浸る様を歌えば、“絶望的な街から出て行こう/明日になってから考えよう”と、稼ぎのために売春に駆り出される少女を表現したりもしています。ポジティブでソフトなトラックに似つかず、彼女なりの葛藤が見えるのも魅力の一つではないでしょうか。
「コロンビアのLana Del Reyだ」とか、「USのAmy Winehouseだ」とか、彼女を他のシンガーに当てはめた批評をよく見ます。レトロスペクティブな雰囲気など影響を受けている部分もあるでしょうが、このアルバムで彼女がさらけ出した心情、そしてなんともアーバンな彼女の歌声はオリジナルそのものでしょう。Tyler, The Creatorファンの僕はこのアルバムが出るまで彼女のことをTyler関連でしか知りませんでしたが、Tylerも気に入った才能は間違いなくこの時代にマッチした素晴らしいものです。
3. J. Cole 『KOD』
頼れる皆の兄貴、J. Coleの5thアルバム。2週間でレコーディングされたというこのアルバムは、従来にも増して非常にコンシャスな内容になっています。
アルバムタイトルである『KOD』には3つの意味があるといいます。
・Kids on Drugs(ドラッグに溺れる子どもたち)
・King Overdosed(オーバードーズした王)
・Kill Our Demons(俺たちの中にいる悪魔を殺せ)
アルバムジャケットにはその3つの意味を示すように、ダブルカップでリーン(コデインという咳止めシロップに含まれる成分を入れ、スプライトなどの炭酸やアルコールで割って飲む飲み物)を飲んでいる子供や、白い粉を鼻から吸っている子供、ハイになり白目を向いた王、そして王の中にちらつく悪魔が描かれています。現在は削除されていますが、発売前にYoutubeにアップされたアルバム・トレイラーの中でColeはテーマについて語っています。
・ドラッグに溺れる子供たち
“もしも俺がいまテレビをつけたら、すぐに広告がポップアップで出てくるだろう。「気分が落ち込んでいるのかい?1人で思い悩んでいるのかい?」という謳い文句で、薬を押し付けてくるんだ。どんな問題に対しても、薬で解決しようとしてしまう。”
・オーバードーズした王
“これは俺自身を示している。現実逃避の方法で中毒に陥って苦しんでいたとき、苦しんでいるときの俺さ。それがアルコールにせよ、スマホ中毒にせよ、女性にせよだ。”
・俺達の中にいる悪魔を殺せ
“それは最終的な目標だ。俺たちの中にある汚いものを見つめること、汚いものを誰もが抱えていることに気付くこと。俺は誰もが苦しんでいることに気付いた。昔は、俺の家族だけが欠陥を抱えた人間だけで、めちゃくちゃだと思ってたんだ。お前が望むか望まないかに関わらず、子どもたちも何らかの方向におかしくなってしまう。なぜなら、お前自身も何らかの方向におかしくなっているからだ。だから、おかしくなる度合いをせめて少なく留めようというのが俺たちの計画だ。だけど、お前が犯す過ちで子どもたちが目にするものがあるはずだ。「俺たちの中にいる悪魔を倒せ」というのは、それが幼少時代のトラウマとなっている経験であれ、承認欲求が満たされていないことであれ、自信の欠如や不安感であれ、その存在をつきとめようということだ。それが何であれ、俺たちは自分に正直でなければならない。鏡の中あるいは自分の心の中を見つめて、自分に問うんだ。「なあ、俺を苦しめているのは何だろう?何が俺を現実逃避に向かわせているんだろう?」。そして、もしその根っこの部分を見つけたなら、それが何であるのかを正面から見つめさせてくれ。”
上記の3つのテーマに対するColeの考えを頭に入れて聴くと、より作品に対する理解が進むのではないかと思います。
たとえドラッグをやっていなくとも、たとえ母親がアルコール中毒でなくとも、何らかの逃避手段に頼って目の前の問題から逃げたくなる、若しくは実際に逃げてしまうことがあるでしょう。そうして逃げた結果SNSに溺れたり、女性との関係に依存したり、現ナマにしか目がいかなくなる。これらの逃避結果が描かれているのがこのアルバムです。どんなときも絶対に逃げるなとはいいませんが、少なくとも最終的にカタをつけなければならないのは明白。ましてや沈んだな心に潜む〈俺達の中にいる悪魔〉に手を出してしまえば、問題に対するハードルはより上がり、一時の快楽と引換にそれ以上の苦痛を味わうことになります。〈オーバードーズした王〉にならないために、逃避手段を断ち切り現実と向き合うことで未来を掴もう(Coleはこれについて詳しく「もっといい方法がある、瞑想することだ」と結論付けています)。Coleはそうアドバイスしてくれていると解釈しました。アルバムごとに兄貴レベルがどんどん上がっていきますね。
最終曲『1985 - Intro to “The Fall Off”』では、日々世間を騒がせる若いラッパーらに対して警笛を鳴らしています。この曲でColeはただ彼らを批判しているのではなく、自分もそういう経験もしてきたし、お前らが稼いでるのを見てるのもいい気分だよと寄り添いつつ、刹那的な生き方をして、白人にいい時だけ消費されて終わってしまうような人間になるなよとアドバイスを送っています。老害的な意見にならないよう慎重に彼らの生き方をリスペクトしつつ警告しているのが真面目なColeらしくてとてもいいですね。
長くなってしまいましたが、結局なぜこのアルバムを選定したかというと、それはColeの人間性がとても好きだからです。
今年9月、盟友であったMac Millerがオーバードーズ(Coleがアルバムで描いた「中毒」)で亡くなったとき、「誰でも薬物をやめられなかったり、もし悩みを聞いて欲しいのならすぐオレにいえ」とTwitterで申し出たということがありました。僕はそのツイートを見て泣いた記憶があります。盟友が中毒で死んでしまったやるせなさと、彼の「誰も死なせたくない」と願う尊い心に僕も心が引き裂かれそうになったのです。
J. Coleほど人としてよく出来たラッパーはなかなかいないでしょう。このアルバムを通してColeが見つめる世界に共に触れて欲しいと思います。
4. Janelle Monáe 『Dirty Computer』
この作品との邂逅は、『Make Me Feel』が先行公開された頃だったと思います。Prince関連で繋がらせて頂いているフォロワーさんが、『Make Me Feel』があまりにも殿下的であること、これから出るアルバムにPrinceが関わっているという噂が発信されたことについて触れられていたのが最初でした。
そして何日か経ち…アルバムがドロップされ、僕も『Dirty Computer』の世界へ飛び込みました。まず殿下に惚れた人ならピンとくるであろうジャケット。まんま『My Name Is Prince』ではないですか。
殿下への愛がジャケットから溢れ出ています。
最初のトラックは“Dirty Computer (feat. Brian Wilson)…え、Brian Wilson?The Beach Boysの?とびっくりしましたが、なるほどこれは素晴らしい。見事なキャスティングでした。
キャスティングといえば、このアルバムのメンツはなかなかのものです。Leny Kravitzの娘Zoe Kravitzや、宅録の天才Grimes、そして共演の鬼Pharrell Williams。このラインナップで聴かないとは言えないでしょう。
“Pynk”はただエロいだけの曲ではありません。MVを見ていただければわかると思いますが、Janelleはここで多様性を主張しています(無論、それはマイノリティーを差別したり無視したりすることまでを認めてこそ本当の多様性だなどという愚論など相手にしない上での主張です)。不当な抑圧への反抗の仕方はオシャレであっていい。それを愉しんでもいい。そう言いたいかのように、Janelle達はMVに登場する女性器を表した衣装を着て、フェミニズムが全盛を迎えたこの時代に(それについていけない愚かな人間を嘲笑うかのように)エロスを謳歌するのです。
“Make Me Feel”について、こんな話があります。
Princeの御殿であった"ペイズリー・パーク"でDJを務めるLenka Parisさんによれば、2年半前に行われたイベントでPrinceが”ちょっと音楽を止めて、聴かせたい曲がある”といってシンセ・パートを披露。その時のシンセ・パートが“Make Me Feel”に使われているそう。つまり、Princeが実際に楽曲を提供していたということになります。前作でもPrinceとJanelleはガッツリコラボしていましたが、今作でも殿下とは協力体制にあったことがわかるエピソードです。殿下は亡くなってしまいましたが、Janelleはしっかりとスピリットを受け継いだのでしょう。
アルバムを締めくくる“Americans”は、“Let's Go Crazy”のような響きを持っています。Janelleはここで「私はアメリカン」と高らかに宣誓します。それは諦めではなく、変革への希望です。
JanelleはOutkastにフックアップされキャリアをスタートさせましたが、ここにいるのは、もうそこからは離れたクィア・カルチャーを讃えるアーティスト。れっきとしたPrinceの後継であり、決してうろたえることなく自由であることを教えてくれる強き人間なのです。
Frank Oceanが「ジャンルは死んだ」言った2010年代。2016年にはBeyonceが『Lemonade』で、2017年にはSZAが『Ctrl』で溢れんばかりのメッセージを届けてくれました。そして、2018年。Janelleは僕達に問いかけるのです。
後に名盤として数えられるであろうこの作品のクレジットの最後、Janelleはこのアルバムに多大な影響を与え、そして敬愛するPrinceに向けてメッセージを残しています。「最後に、プリンス、あなたがいなければ私はいなかったでしょう。ペイズリーパークがなければワンダーランドもなかったでしょう。いつも私に援助の手を差し伸べようとしてくれて有難う。私たちのペイズリーパークでのジャムセッションと5時間のお喋りに有難う。汚い言葉を沢山使ってごめんなさい。私たちが再会したら、悪態ジャーにお金を入れるわ。あなたのスピリットは決して私から、我々から離れることはないでしょう。そして私はいつもあなたに敬意を払うでしょう。あなたが導く光となって、このプロセスの間ずっと私たちといてくれたことに感謝します。また会う日まで...」
5. Kanye West 『ye』
「トランプに同意する必要はないが、民衆は彼を愛さないよう俺を仕向けることはできない。俺らはどちらもドラゴンのエネルギーを持つ。彼は俺のブラザーだ。俺はみんなを愛している。俺は誰かのやること全てに同意するわけじゃない。それが、俺らをそれぞれ違う人間にしている。それに、俺らには独立した考えを持つ権利がある」それに対してトランプ大統領の「Thank you Kanye, very cool!」…そして人々を震撼させた「奴隷制度が400年も続いたっていうのを聞くとさ、400年だぜ? それって選択だったようにも聞こえるよね」という発言(謝罪済み)…こういったやりとりもあり、ひとつのアルバムがポシャりました。その上でいまだ濃厚な7曲によって構築される『ye』の世界。
I hate being Bi-Polar, it’s awesome(躁鬱でいるのは最悪で、最高だ)
アルバムがドロップされた6月1日からベストアルバムについての文章を書いている12月中旬になるまでの間、アルバムジャケットに書かれたこの言葉はKanye自身によってどんどん説得力を増していきました。Kanye、とりあえずSNSから離れよう。
それはさておき、(いつも通り?)聴く前に不安になり、最後ちょっとだけ救われたけど総括すると更に不安にさせられたこのアルバム。リリックが不安を煽る主な要因なんですが、それを除けば(トラックに限定して言えば)むしろ「救われた」とか「やっぱりKanyeは天才だ」とか、そういった気持ちになるのです。少なくともリリックを詳しく知らない状態の感想はそんな感じでした。フラフラしてるのは分かったけど。
“I Thought About Killing You”のスポークン・ワード前の長めのトラックなんか、どんなことを語るのか知っていても素晴らしいと感じます。日が昇る直前の薄暗い景色と湿った空気。光はなんとなく見えるけど、まだ暗い。想像力を働かせすぎたかもしれませんが、自分の人生にどれだけ迷っていてもこういった雰囲気を構築してしまう才能をもつKanyeはやはり天才なのだとおもいます。
リリックについては「全曲解説」をして下さっているサイトがありますので、そちらで確認して頂ければと思います(素晴らしいです、本当に助かりました)。
“I Thought About Killing You”での自殺願望、“Yikes”での#MeToo運動に対する茶化し、その後のいじけ具合…Kanyeは「パワーに変える」と宣言していますが、この状態で精神病院から退院して、果たしてOKだったのでしょうか…。
個人的な感想としてですが、“Wouldn't Leave”の「奥さんや彼女に恥をかかせるようなことを言ったりやったりしてもいいんだ/そのエネルギーを失うな/それで彼女の忠誠心が試せるから」という部分にはドン引きしました。同じ感想を持っている人は沢山いらっしゃると思いますが…。僕はこれを聴いてからキム・カーダシアンを応援するようになりました。これ程お騒がせな夫に寄り添えるその精神力(彼女の中のKanyeへの愛が全てに勝っているからだと思いますが)はめちゃくちゃリスペクトです。
本人にしてみればポジティブ、周りから見ればネガティブなリリックが広がる中で、“Violent Crime”の「ニガーは残忍/ニガーはモンスター/ニガーはピンプでニガーは遊び人/自分の娘を持つまでは」という部分にはホッとしました。どんなに影響力のある人でも父親というフィルターで見れば普通の人なんだな、と微笑ましく感じたのです(でも「Nicki Minajみたいになってほしい」という部分はやっぱり謎でした)。
今作でハイライトを挙げるとすれば、“Ghost Town”でしょうか。Trade Martinによって書かれ、Dusty SpringfieldやVanilla Fudgeをはじめ数多くのアーティストがカバーしてきた失恋歌“Take Me For A Little While”から「I’ve been tryin’, to make you love me/But everything I try, just takes you further from me / 愛されるために頑張った でも頑張るほど君は離れて行く」という部分がサンプリングされています。この部分は、かなり内省的なこのアルバムからの数少ない外へ向けたメッセージだと捉えています。それがどれ程の規模なのかは分かりませんが。後半のゴスペルの要素を感じる展開もお見事です。トラックまでフラフラしてたらベストアルバムには入れてなかったかもしれません。
カニエはデビュー当時から「俺はシカゴのキングになる」と公言してきました。今でもキングになる目標は変わっていない(というか限りなくキングに近づいているとは思うけど…そのキングが政治的なものなら、また別ですが)ものの、それが果たして皆の幸福を背負うキングかというと疑問です。プライドを捨てろなんてことは言いません。「自由であること」に縛られ過ぎずに、「スーパーパワー」を輝かせてもらいたいですね。
6. Travis Scott 『ASTROWORLD』
最初に言いますが、個人的な今年のNo.1アルバムはこれです(順位は付けない方針だったけど…)。Travis Scottはかつて地元ヒューストンにあった遊園地をアルバムという場所に見事に蘇らせてくれました。ストリーミングによって新時代に突入した音楽業界に、「現代のコンセプトアルバム」の在り方をガッチリ示してくれた感じがします。それはアルバムだけでなく、ライブ等も含めて完成するのですが…。
アルバムの話に戻りましょう。錚々たるメンツが参加しているのは言うまでもないですね。期待の若手であるJuice WRLDやSheck Wes、勢いのあるSwae Leeに21 Savage、お馴染みのQuavoとOffset、DrakeやKid Cudiといった中堅から、レジェンドに片足を突っ込んでいるPharrell Williams等、様々な位置にいるラッパーが参加。更にR&Bの旗手The Weeknd、ヒップホップ界で引っ張りだこのKevin Parker(Tame Impala)、2010年代最重要アーティストの一人James Blake、モノホンのレジェンドStevie Wonder(!!)まで…他にもJohn MayerやThundercatがプロデュースで参加など、全部書くとキリがない程です。
因みにキャリア初期のインタビューで、彼はLittle DragonやBjork(今作でもサンプリングしている)、Portisheadのことを「イルだ」と表現し、フェイバリット・アーティストに挙げています(他にもColdplayやSex Pistolsも聴いていたそう)。この吸収力が多彩なラインナップを実現させたのかも知れません。
そんな布陣から繰り出されるトラックは、勿論一筋縄ではいきません。多彩なアプローチは個性がぶつかり合ってゴチャゴチャになりそうですが、そんなときは優秀なプロデューサーでもあるTravis Scottがプロデュースに参加することで、個々の特色を上手く自分の音楽に落とし込んでいます。
このアルバムのトラックの最大の特徴はやはり「目まぐるしくビートが変わる」ことでしょう。まるでジェットコースターのように(かつて実在した「シックス・フラッグス・アストロワールド」はアトラクションの大半が絶叫マシーンだった)。今までの彼の作品でも多用された手法ですが、今回はよりバッチリハマっています。某初聴きリアクション動画では「え、これ同じ曲?」と戸惑ってましたね。でもそれがアルバム全体を飽きることなく駆け抜けるための手助けになっています。
最初から最後まで楽しいけどヒップホップの精神は忘れない。ここがTravis Scottの強みですね。
前述の通りTravis Scottはテキサス州ヒューストン出身で、これまでのアルバムにはヒューストンへの愛情を表現したリリックが盛り込まれていたりしたのですが、今作ではサウスのヒップホップへのリスペクトが散りばめられています。“R.I.P SCREW”ではチョップド&スクリュードのオリジネイターであり、90年代のヒューストン・ヒップホップシーンを牽引したDJ Screwへ哀悼を捧げていたり、“5% TINT”ではサウスの名曲であるGoodie Mobの“Cell Therapy”をサンプリングしていたりと、わかりやすい形で表現されています。
Travisは自らを「ラッパー」ではなく「ロックスター」と表し、「ラッパーと呼ばれるのは嫌いだ」とまで言っています(“HUSTONFORNICATION”というタイトルは、どこかRHCPの『CALIFORNICATION』を彷彿とさせます)。ジャンルの壁が非常に薄くなっている今、「ロックスター」と呼ばれるのはこういう人なのかもしれません。
今年のはじめ、北九州市八幡東区にあった「スペースワールド」が閉館し、解体されていく様子が話題になりました。象徴であったシャトルの解体時には悲鳴があがるほど悲しみの声で溢れていましたね。
かつて存在した「シックス・フラッグス・アストロワールド」も、そんな場所だったのではないかと考えています。Travisも悲しみの声をあげた一人だったから、このアルバムが作られたのだと思います。
「町から楽しみを奪った。僕はそれを取り戻したい。だから自分でアストロワールドを作った」…「スペースワールド」のことを知っている人なら、それがどれ程素晴らしいことかお分かり頂けるでしょう。アストロワールドはそんなアルバムだと思っています。
7. Foxing 『Nearer My God』
セントルイスのエモ/オルタナティブ・ロックバンド、Foxingの3rdアルバム。僕がこのアルバムをサブスクで見つけ、聴こうと思った理由はジャケットにあります。
今年は馬ばかり見ていた年でした。詳しいことはここに書きませんが、とにかく馬がめちゃくちゃ好きになりました。馬が好きになると、馬が登場するアルバムジャケットを探すようになります。そんな過程を経て辿り着いたのがこのアルバムでした。
どのジャンルだとかを確認せずに一通り聴き、そして惚れました。めちゃくちゃかっこいいじゃないですか。R&Bっぽさも感じる魂のこもったボーカルに、溶け合うとは知らなかった包丁を研ぐような響きを持つギターサウンド。ミニマムな打ち込みトラックも先進的。後からポストロックだと知って少し驚いたくらいです。僕は普段あまりポストロックを聴かない人間なのですが、この作品にはだいぶイメージを覆されました。
この作品のプロデュースは元Death Cab For CutieのメンバーChris Walla。Death Cabは流石に名前は知っていますが、この界隈はこんなに素晴らしい音楽を作っていたのか…と驚いちゃいました。
“Nearer My God”というタイトルは“Nearer My God, to Thee(主よ御許に近づかん)”という名の賛美歌から来ています。こちらは映画「タイタニック」で、沈没の直前まで演奏されていた曲として有名ですね。又、CNNが製作した「世界最後の日に流す映像」で制服姿の集団が演奏していた曲としても話題になりました。
収録曲についても触れていきましょう。“Gameshark”はHail To The Thiefの頃のRadioheadを彷彿とさせますし、“Bastardizer”ではDavid Bowieの“Heroes”のような真っ直ぐさを感じさせてくれます。バグパイプが使用されているのも印象的です。
“Heartbeats”では、蕩けるようなRachmaninovのサンプルとタイトなドラムループが魅力的に混じり合います。しかしそこで描かれているのは自殺を思わせるもので、なかなか衝撃的です。
タイトル曲“Nearer My God”では、ボーカリストであるConor Murphyの友人の死と、それによるMurphyの悲痛な心情が描かれます。彼の叫びに似た歌声は、こうした悲しみの中から流れ出すものなのかも知れません。9分という長さをもつ“Five Cups”は、どこかSigur Rósっぽさを感じる曲です(少し似すぎな気もしますが…)。前半のダレることのないドラミングに寄り添う展開、後半の荒削りな感情の断片をテープに巻き付け、逆再生したような展開…魅了されるうちにあっという間に終わってしまいます。
エモーショナルをこれでもかとぶつけてきた今作。様々な影響を感じると共に、このバンドの持っているパワーに「あぁ…馬伝いだけど出会ってよかった…」と感想を抱いたのでした。
(おまけ…タイトル曲、“Nearer My God”はなんと日本語Ver.が製作されており、MVもあります。)
8. JMSN 『Velvet』
デトロイトのR&Bシンガー、JMSN。彼が発表したジェントルなネオソウル・アルバムは僕の心を鷲掴みにしました。
彼のシックな声は多くの人を蕩けさせるのに必要な要素の殆どを兼ね備えているのではないでしょうか?彼がファルセットでもだそうものならあっという間に溶けてなくなってしまいそうです。
彼は自分の音楽を「ヒッピーR&B」と呼称しているようです。それはPrince的であり、Justin Timberlake的であり、Radiohead(!)的でもあります。彼は白人なので(最初聴いたとき人種全然分からなかった)、ニュー・ブルーアイドソウルという見方もされているようです。“So Badly”のスモーキーな歌唱を聴くとなんとなくわかるような気もします。
『Dirty Computer』について書いたところでPrinceの影響力について触れましたが、この作品にもそれが色濃く表れています。“Mind Playin' Tricks”なんかはモロですね。“Got 2 B Erotic”は『3121』の頃のPrinceを彷彿とさせます。ギターフレーズもPrinceっぽくて、なんだか笑っちゃいそうになります…。でも、そこが愛おしい。Princeという一人のアーティストがここまで音楽的影響力を持っていたとは…と、勝手にPrinceに恐れ入ってしまいました。
話を戻しましょう。今作のハイライトですが…個人的には“Talk Is Cheap”を挙げたいです。とことんグルーヴィーなトラックに、ソウルフルなボーカル。どちらも程よくゴージャスで、安らぎをもたらしてくれるかのようです。リリックからは、ネオソウルの灯火は消えたとする声への反抗のようなものを感じます。「口ではなんとでも言える」…滑らかなメロディーに対して断固として立ち向かうのではなく、なんとなくいじけているような反抗を感じる歌詞。いいですね。
デビュー・アルバム『Priscilla』の頃はThe Weeknd的なオルタナティブR&Bサウンドでケンドリック・ラマーらに注目され、その後ブルーアイドソウルを取り入れながら徐々に力をつけてきたJMSN。今作はキャリアの中でもなかなか80'sっぽさの溢れる作品になったと思いますが、次はどんな方向へ行くんでしょうか。楽しみです。
9. The 1975『A Brief Inquiry Into Online Relationships』
この作品について世間で語られていること以上に何を言えばいいのでしょう?笑 この作品がなぜ「2018年の最高傑作」との呼び声が高いかは、ネット上に転がる調査結果に沢山書いてあります。
なので、僕から特に言うことはありません。ただ、衝撃度を自分なりに表すとすれば…このバンドは元々苦手だったのです。ポップすぎたのが拒否反応を生んだような気がします。
で、今作。就寝前のちょっとしたTwitterサーフィンの時間に、「おいおいとんでもないもん聴いちまったぞ」というタイムラインの声。「またあんな感じなんだろうなぁ」と前作までの雰囲気を想像しながら(先行曲もチェックせずに)サラ〜ッとアルバムを聴き始めました。どうなったと思いますか?僕は衝撃度にボロボロに殴られました。「これは大変なことになったぞ」僕は翌朝(きちんと寝た)情報交換をしている人に「とりあえず聴いてくれ」と急かしました。
無事にその人も今作に魅了され、しばらく「やべぇ〜」と言いながらヘラヘラしていた気がします。外を見れば雪がしんしんと降り注いでおり、アルバムと相まってより幻想的に見えたものです。この作品を聴きながら外出できる幸せに感謝したほど僕はこのアルバムに一気に惹き込まれてしまいました。前作までのThe 1975のファンの皆さん、ごめんなさい。
今作が出る何年か前、「僕達の人気が出たのは一つの決まったサウンドを持っていないから」と発言したマット。僕が聴きたかった「多様なサウンド」は全て今作にあります。Joy Divisionの“Disorder”のようなリフから、“2010年代の音”デジタル・クワイア、そしてFKJを思い出すようなタメの聴いたアーバンサウンド。Prince的アプローチのポップソングに、晩年のChet Bakerのようなトランペットが鳴るシックな曲まで…僕が、というより僕らがどこかで求めていたものをここまで素晴らしい形で表現してくれた彼らにはリスペクトしかありません…今まで苦手だとか言っててホントにすみませんでした…。
ひとつ、Radioheadの傑作『OK Computer』との比較ですが、両作とも3rdアルバムにてバンドとしての大きな飛躍を遂げる作品を作り上げたから〜とか、マットが「『OKコンピューター』と比較されるのは、インターネットでコミュニケーションをとることだったりそういうことについての物語が語られているという点で類似しているからだと思うんだ。」と語ったから〜とか、関連付けたくなる理由は分かります。ただ、作品の向いている方向は真逆ですよね。“Fitter Happier”と“The Man Who Married A Robot”で登場するそれぞれの音声機器が同じことを言っているわけではないですし…。なので、スケールの大きさは主張しつつ、関連付けは程々にということにしましょう。ただ、どちらもバンドの視野を大幅に広げた大名作であることに間違いはないと思われます。
The 1975は来年にも新たなアルバムを聴かせてくれるそうです。今までこのバンドの次作について「ワクワク」という感情が湧き上がってきたことはありませんでした。今はただ、めちゃくちゃ楽しみです。
Honarable Mentions
惜しくも9選には入らなかったものの良作と思ったアルバムの数々を紹介します。
※画像は発売日順です。
1. iKON 『RETURN』
K-POP的にはBTSが世界を制した年でしたが、このグループも素晴らしいアルバムを提供してくれました。本国ファンの不買騒動など色々あった後でしたが、音楽はK-HIPHOPの吸収力を存分に活かした名作になっています。
2. Michael Seyer 『Bad Bonez』
カリフォルニアの若きSSWが、自宅と大学の寮で製作したアルバム。心の底からチルしてしまう脱力感と、滑らかなAORの成分がなんとも心地よい。他にもボサノバやR&Bなど様々な顔を持つ傑作です。
3. MABUTA 『Welcome to This World』
ダブルベース奏者Shane Cooperの新プロジェクト。トラディショナルなジャズとエレクトロニカが仲良く生み出すアフロジャズの未来とでも言うべき新しいグルーヴが素晴らしい。アフロジャズ版“Kid A”との声も。
4. Post Malone 『beerbongs & bentley's』
売れに売れたニュー・ロックスターによる鬼ヒット作。“rockstar”や“Psycho”などライブ映えする曲ばかりで、サブスク時代のある種の答えにもなっている気がします。アコギで奏でられる“Stay”も素敵。また来日して下さい。
5. Rae Sremmurd 『SR3MM』
兄弟によるヒップホップ・デュオのCDにして三枚組の大作。兄弟で一枚、弟で一枚、兄で一枚。Travis ScottやThe Weekndなど多彩なゲストを迎え、確実にBlack Beatlesの頃より進化した彼らを楽しませてくれます。
6. NAV 『RECKLESS』
The Weekndなどとも繋がりのあるヒップホップ・シンガー、NAVの作品。感情を抑えつつもエモーショナルな歌声と、豪華な客演のラッパー達によってなんとも美しい一作に仕上がっています。
7. KIDS SEE GHOSTS 『KIDS SEE GHOSTS』
Kanye怒涛のリリースプロジェクトの一つにして、Kid Cudiとのコラボ作。Kurt Cobainのデモをサンプリングしたり、村上隆がアートワークを担当していたりと話題のつきない一作。
8. Kamasi Washington 『Heaven And Earth』
インプロビゼーションとしては微妙ですが、ストリングス・ワークに関しては彼の右に出る者はいないでしょう。ジャズ以外の多くのジャンルをも取り入れ、現代ジャズの音として器用に消化した大化け作品。
9. 三浦大知 『球体』
衝撃を受けた一作。日本の、しかも割とメジャー所で活躍するアーティストがこんなにも素晴らしい作品を発表するとは。純度100%。これをサイド・プロジェクトのような扱いにしておくのはなんとも勿体無い気がします。
10. Denzel Curry 『TA13OO』
マイアミを拠点とし、サウンド・クラウドシーンで頭角を表したラッパーの2nd。Pennywiseのような不気味な雰囲気とエモーショナルな作風を行き来するスリリングなラップが最高。Vaporwaveからの影響もみえます。
11. Hermit And The Recluse 『Orpheus vs. the Sirens』
インディー・ラッパーのKAがAnimossというプロデューサーと組んで作られたコラボアルバム。ギリシャ神話をコンセプトに取り入れた意欲作で、非常に神秘的な響きを持つ叙情詩で彩られています。
12. Joey Dosik 『Inside Voice』
ホットミルクのような暖かい歌声を持つLAのSSWの初フルアルバム。ブルーアイドソウル版Marvin Gayeとも。シンプルな構成ながらソウルフルな今作について、本人は「人間のための人間の音楽」と語っています。
13. LAUREL 『DOGVIOLET』
モデルとしても活動するロンドンのシンガーのデビュー作。荒削りなギターとデビューしたばかりとは思えない見事な歌声がFlorence + The Machineらを彷彿とさせる輝きを放ちます。
14. Mac Miller 『Swimming』
別名義で本格的なジャズにも挑戦したことのあるMac Millerの5thスタジオ・アルバム。
今作は特にジャズやソウル、そして90'sヒップホップの影響が上手く混ざった傑作です。
これが遺作なのがとても悲しい。R.I.P.
15. Anderson .Paak 『Oxnard』
Dr. Dreが送り出した最後のスター、Anderson .Paakの二作目。西海岸のヴァイブスと、アーバン・テイストの曲調が既に最高だけど、そこにキレッキレのドラムが入りいよいよ怪作の誕生です。客演もめちゃくちゃ豪華になっています。
16. 早見沙織 『JUNCTION』
声優・早見沙織さんの2ndアルバム。
…ホントに声優さんが作ったアルバムですか?竹内まりやさんの幾つかのバックアップは素晴らしいですが、早見さん自身が10曲作詞作曲しているのは衝撃的でした。センス良すぎです。最高です。
まとめ
昨年2017年版の年間ベストアルバムを作ったとき、「今年はやらないかも」みたいなことを書いたのですが、結局やってしまいました。時間がない中で作ったので、文章量に差があるし、勿論その内容の濃さにも差が出てしまいました。また十分な推敲が出来ていないのも反省点です。来年も多分やると思いますが、ゆとりを持って作成したいですね…。
2017年が異常な程豊作だったので、今年はどうなるか…と思っていましたが、そんな心配は必要ありませんでした。めちゃくちゃ豊作でしたね。
来年はどんな作品がベストアルバムに並ぶのでしょうか。今から楽しみです。
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